大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和55年(ネ)1284号 判決

控訴人

株式会社大成住研

右代表者

畑毅

右訴訟代理人

池上徹

被控訴人

夙北住研こと

石本博敏

右訴訟代理人

小山孝徳

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、金五〇万円及びこれに対する昭和五三年九月一一日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを五分し、その三を控訴人の、その余を被控訴人の各負担とする。

三  この判決は第一項の1に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一控訴人は、兵庫県知事の免許を受けて宅地建物取引業を営む者であるが、昭和五三年五月ころ、被控訴人から本件土地及び同土地上に建築予定の本件建物の売却あつ旋を委託されてその仲介あつ旋に努めた結果、同月二五日、被控訴人と西谷との間に、被控訴人は西谷に対し本件土地及び建物を売り渡し、西谷はこれを買い受ける旨本件売買契約(ただし代金額は除く。)が成立し、控訴人はその契約書(甲第一号証)を作成して当事者に交付したこと、被控訴人は、西谷から、本件売買契約の締結の日に手付金二〇〇万円、同年六月中に中間金六〇〇万円の支払を受け、同年八月末日には竣工して引き渡し、所有権移転登記手続及び残代金の決済をする約定であつたが、その履行完了前の同年九月一〇日西谷との間で、同人が中間金の返還を受け、手付金は放棄することで本件売買契約を合意解除したことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件売買契約の代金は四三〇〇万円であつたが、契約書では四〇〇〇万円と圧縮して表示されたものであることが認められ、他にこの認定を左右するに足りる証拠はない。

二そこで、控訴人の報酬請求権の有無について判断する。

1  控訴人は、本件売買契約が合意解除された場合でも、被控訴人は報酬規定の定める基準を適用して算出される最高報酬額を控訴人に支払うことを約した旨主張し、なるほど前掲の甲第一号証によれば、本件売買契約の契約書には、売主又は買主の責に帰すべき事由による解約の場合は、特約を設けない限り、売買成立とみなし、当事者は右報酬規定による報酬を請求されても異議はない旨の条項があることが認められる。しかしながら、右条項は、その文言自体及び甲第一号証中の他の条項にかんがみると、売買当事者の債務不履行による解除の場合についての規定であつて、本件のような合意解除の場合を予定したものではないと解するのが自然であるし、後掲の各証拠に比照すれば、本件仲介契約の当事者は、右合意解除の場合についても右条項による旨の意思は有していなかつたものと認めるのが相当であるから、右甲第一号証は前記主張事実を肯認する証拠とは言い難く、他にこれを認めるに足りる証拠はないし、また本件合意解除の場合の報酬請求権の有無及び報酬額について特約が存在したことを認めるに足りる証拠もない。

2  ところで、〈証拠〉を総合すると、被控訴人は、不動産仲介業ほ営んでいる者であるが、不動産業にも進出し、本件土地上に建築予定の本件建物を右土地とともに建売住宅として販売(いわゆる青田売り)することにして、建築確認を得たうえ、前記のとおり同業の控訴人と本件仲介契約を締結したものであつて、報酬額は一〇〇万円とし、建物が竣工して売買の履行が完了する時にこれを支払う約旨であつたこと、そして被控訴人は、前記のとおり西谷と本件売買契約を締結するとともに、本件建物の物件説明書及び設計図を同人に交付し、間取り、建具、色彩その他建築の仕様については、なるべく同人の要望に沿うよう施工することとしたが、控訴人は、前記合意解除に至るまでの間、西谷及び被控訴人の委託を受け、西谷の右要望を被控訴人ないし工事請負人に取り次ぐ等の業務もしていたことが認められ〈る。〉

そうすると、本件売買契約は、その締結時には実在しない建築予定の建物とその敷地を目的物とする、いわゆる青田売りであつて、右建物につき建築基準法六条一項の確認がなされている以上、控訴人は適法にその売買の媒介を実行しうるところ(宅地建物取引業法三六条参照)、前記認定の売買代金支払の約定に照らすと、売主である被控訴人にとつても、建物が竣工し、約定の履行が完了した場合において右契約上の利益を最終的に享受しうるのであるから、右売買を媒介の目的とする本件仲介契約において、当初約定された前記の報酬額は、本件売買契約の成立そのものに対してのみならず、控訴人が右契約成立後被控訴人のために前認定のような業務をし、建物が竣工して契約が完全に履行された場合に被控訴人が受けるべき利益に見合うものとしての金額が約定されたものと認めるのが相当である。

判旨しかしながら、控訴人は、前記のとおり、兵庫県知事の免許を受けて宅地建物取引業を営む商人であつて、被控訴人の委託に基づき、本件売買契約を成立させ、契約書の作成も終了し、本件建物の建築中、前認定のような業務もしていたのであるから、右売買がその後に売買当事者の都合で合意解除され完全に履行されるまでに至らなかつたとしても、特段の事由のない限り、被控訴人に対し、商法五一二条に基づいて、前記約定報酬額の範囲内で相当額の報酬請求権を有するものといわなければならない。

3  そこで、抗弁(一)、(二)について検討する。

(一) まず、前記の合意解除に至る経緯についてみるに、前記一の当事者間に争いのない事実並びに〈証拠〉を総合すると、

(1) 西谷は、自己の居住建物を売却して本件土地、建物を買うことにして、被控訴人と本件売買契約を締結し、本件建物の完成の見通しがついた段階で、控訴人に右居住建物の売却あつ旋を委託してこれを第三者に売却することにしたものであり、本件建物の建築中、前記のとおり控訴人を通じ、あるいは直接に、被控訴人ないし工事請負人に対し、建築仕様に関する自己の要望を申し出てきたが、その建築が八割方進ちよくした昭和五三年八月ころに至つて、右要望が的確に施工に反映されていないことに不満を持ち、同月下旬には、控訴人及び被控訴人に対し、苦情を訴えるとともに、本件売買契約を解除したいとの意向をもらしていたこと。

(2) そこで、被控訴人は、西谷に対し、竣工は当初の約定よりは少し遅れて同年九月一六日ころになる予定である旨連絡し、履行意思のあることを明らかにしたが、西谷は、同月初めころ、手付金は放棄し中間金は全額返還を受けることで解除する旨を記載した被控訴人あての解約書(甲第三号証)を一方的に控訴人に送付し、これを控訴人の従業員富山が被控訴人事務所に持参して西谷の考え方を説明したところ(西谷及び富山が右のような解除の申出をしたことは当事者間に争いがない。)、被控訴人は、本件建物の竣工が目前であり、特に買主の個人的要望を取り入れてきた施工であることを理由として、解除に難色を示し、契約の終局的な履行を求めたため、富山も西谷に翻意を促したが、同人の意思は固く、この間、被控訴人は、控訴人に対し、解除するとしても売買価格のほぼ一割に相当する四〇〇万円を取得できるのでなければこれに応じられない旨伝えたこと。

(3) しかし、被控訴人は、これ以上説明してみても西谷の翻意は難しいものと判断し、新たな買主との契約も考慮せざるをえない情勢となつたので、西谷申出の条件で解除に応ずることとし、同月六日ころ、被控訴人事務所において、富山に対し、西谷は手付金二〇〇万円の返還請求権を放棄し、被控訴人は同月一五日までに中間金六〇〇万円を西谷に返還する旨記載したメモを示すとともに、このように被控訴人にとつて不利な条件での解除であるから、控訴人には約定の報酬は支払えない旨説明したところ、富山は、控訴人側の事情による解除ではないし、控訴人とすれば、何か月も経費を掛けて尽力してきたのであるから、約定の報酬は支払つてもらわないと困る旨応答し、更に同月八日ころには、控訴人代表者も富山と共に被控訴人事務所に赴いて報酬の支払請求に及んだが、被控訴人は、その支払に応じられないとの態度で終始したこと。

(4) そして、被控訴人は、控訴人との話合が物別れのまま、同月一〇日、西谷方において、前記のメモに基づき覚書(甲第四号証)を作成し双方がこれに記名押印して、前記のとおり本件売買契約を合意解除し、控訴人から、西谷に中間金を返還するときは事前に知らせられたい旨あらかじめ申し入れられていたにもかかわらず、同月中に控訴人にはなんらの連絡もせず、したがつてその立会もないまま、西谷に対し中間金全額を返還するとともに、その後工事を完成させて本件土地建物を訴外杉本正一に代金四二〇〇万円で売却したこと。

が認められ〈る。〉

(二)  そこで、右認定事実に基づいて抗弁(一)について考えてみるに、控訴人は、被控訴人が西谷との本件売買契約を解除するにあたり、被控訴人から約定の報酬は支払えない旨の申出を受けたのに対し、控訴人従業員富山において直ちに右申出に応じ難い旨応答するとともに、その後控訴人代表者も被控訴人に直接右報酬の支払を求めているのであるから、被控訴人主張の商法五〇九条の規定は、既にこの点において、その適用若しくは類推適用の余地がないことは明らかであり、また前認定の事実関係のもとにおいては、被控訴人主張のような報酬不払の黙示の特約が成立したとか、あるいは控訴人が報酬請求権を黙示的にせよ放棄したとかの事実を認定することは困難であり、他に右主張事実を肯認するに足りる証拠もないから、抗弁(一)は採用することができない。

(三)  次に、抗弁(二)についてみてみるに、本件のような、いわゆる青田売りの仲介について、被控訴人主張のごとき取引慣行を肯認するに足りるほどの証拠はなく、前認定のような合意解除に至る経緯にかんがみると、その過程において、控訴人が善良な管理者の注意義務ないし誠実義務の完遂に特に欠けるところがあつたということもできないから、信義則上、控訴人の報酬請求権が消滅に帰した旨の主張は、到底これを容れることができないし、以上の認定、判断によれば、控訴人が被控訴人に対し本件報酬の請求をすることは正当な権利行使にほかならず、これが著しく信義則に反し、あるいは権利の濫用にあたると目しえないことは明らかであり、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はないから、抗弁(二)もまた採用の限りではない。

三よつて次に、控訴人の受けるべき報酬額について検討する。

判旨1 本件仲介契約において報酬額は当初一〇〇万円と約定されていたこと、本件売買契約がその履行完了前に合意解除された場合の報酬額についての約定はなかつたこと、しかし、この場合でも控訴人が右当初の約定報酬額の範囲内で相当額の報酬請求権を有するものであることは前記説示のとおりであり、また右の報酬額に関する事実たる慣習についてはその主張・立証がない。

そこで、(一)本件売買契約の代金額は四三〇〇万円であり、これにつき報酬規定の定める基準を適用して算出される最高報酬額は一三五万円であつて、当初の約定報酬額はその範囲内であること、(二)取引対象物はいわゆる青田売り物件であり、本件売買契約の成立後も控訴人の関与が予定されていたところ、控訴人は本件売買契約の合意解除に至るまで約四か月間右業務に従事したこと、(三)本件売買契約が合意解除されるに至つたのは、主として買主側の事情によるものであつて、控訴人に格別責められるべき点はないが、控訴人は、右合意解除に際しては、専ら被控訴人のためにのみ折衝をしたわけでもないこと、(四)被控訴人は、建売住宅とするべく施工した本件建物につき、買主の要望を容れた仕様をしつつ八割方完成した段階でその売買を合意解除したもので、その後本件土地建物を別の買主に売却することはできたが、本件売買契約が履行された場合に比し、一〇〇万円の代価を失う結果となつたこと、(五)原、当審における証人富山武雄の証言及び控訴人代表者本人尋問の結果によれば、控訴人は、買受あつ旋の委託を受けた西谷との間では報酬を当初一二〇万円と約定していたが、合意解除後にそれまでの分の報酬として七〇万円の支払を同人から受けたことが認められること、その他本件に現われた諸般の事情を斟酌すれば、控訴人が被控訴人に対して請求しうる報酬額は五〇万円の限度にとどまるものと認めるのが相当である。

2 よつて更に、被控訴人の抗弁(三)の相殺の主張についてみてみるに、前記の認定、判断によれば、控訴人に本件仲介契約上の債務不履行があつたものとは到底認め難いというべきであるから、これを前提とする右主張は、その余の点について判断するまでもなく失当であつて、採用することはできない。

3 そして、前記二の2に認定した当初の報酬についての弁済期の約旨にかんがみると、前記1認定の被控訴人の控訴人に対する報酬支払債務は、本件売買契約が合意解除されその履行の余地がなくなつた昭和五三年九月一〇日に弁済期が到来し、被控訴人は、その翌日右債務につき遅滞に陥つたものと解するのが相当である。

四以上の次第であつてみれば、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、本件仲介契約に基づく報酬金五〇万円及びこれに対する遅滞の日である昭和五三年九月一一日から完済まで少なくとも年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度においては理由があり、これを正当として認容すべきであるが、その余の請求は失当として棄却を免れない。

よつて、右判断と異なる原判決はこれを右のとおり変更し、訴訟費用の負担につき民訴法九六条、八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用し、なお訴訟費用負担の裁判に対する仮執行の宣言は付さないことにして、主文のとおり判決する。

(島﨑三郎 高田政彦 篠原勝美)

目録〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例